賞罰の組織か、意欲の組織か 

昔から、賞(アメ)で育てるか罰(ムチ)で育てるかという教育議論がありますね。


厳しく育てた方が良いのだという、「罰」の考えに徹する人。
褒めて伸ばすのが良いのだという、「賞」の考えに徹する人。


実態としても、どちらかの教育スタイルのうち、一番影響力が大きい人の姿勢に倣っていたのが、これまでの組織でした。


ところが最近は、賞も罰も大差ないのだとする教育論が定着しそうな様相です。


「そんなの常識でしょ!」という人は、今回は読み飛ばしてください。


以下、サービスを追究する組織に、どのような人材育成姿勢が求められるのかを述べてみます。


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こんな話があります。



アメリカのある保険会社が、同業者間ではダントツの給料で、人を雇いはじめました。


当然のことながら、腕に覚えのある有能な営業マンは、こぞってこの会社に集まりました。


おかげで、経営成績もウナギ上り。
この会社は、ライバル不在という高みに立つことになります。


これは、賞罰でいう「賞」で成功した例ですね。


しかしこの会社にも、比較的デキの悪い社員が、何割かは集まります。

経営者は、このお荷物を整理しないと、未来の経営的発展はないと考え、営業成績順に、下位20%は首切りとしたのです。


つまり、賞罰でいう「罰」をふるったわけですね。



この結果、会社はどうなったかというと、一回目の首切りでは、狙い通り利益率が上がったものの、2回目以降、売上は目に見えて下降し、有能な社員が次々に辞めていくという事態に陥ったのです。



成績優秀で、厚遇されていたはずの社員まで辞めていったのは何故なのか・・・・?



分かりますか?





その原因は以下です。



この会社は、誰とは決めず、成績が悪ければ無差別に「誰でも」首を切ったのです。


つまり、この会社には「必要とされる人」がいるわけではなく、「必要とされる営業成績」があるだけだったのです。



有能な社員は、どれだけ頑張っても、「私」が必要とされているのではなく、契約件数だけが必要とされているのだと気付き、高額の報酬よりも、本当に「自分」が必要とされる会社を求めて去っていったのです。



この会社の経営者にしてみれば、賞も罰も全て、さらに優れた営業パフォーマンスを引き出すための動機付けであり、全体に奮起を促した点では育成スキルのつもりだったのかも知れません。


アメとムチのバランスが取れていれば、モチベーションは維持できると考えたのですね。

しかしここが落とし穴です。


特に、アメ(賞)の力を信じて、「褒めてさえいれば、やる気になってくれるだろう」と妄信している人が多いのです。



確かに人は「自分が承認される事」を大いに喜びます。

しかし、自分を褒めるその言葉の奥に、「自分を操ろうとする意図」が透けて見えた時、全てが無力化するのです。


先の保険会社で言えば、高い給料が「あなたは本当に有能で、会社も助かっています。ありがとう」という意味なら良いのです。

やる気も高まるし自尊心も満たされます。


しかし「ヨソより高い給料をやるんだから、どんどん会社のために働いてくれなきゃ困るよ」という操縦手段に過ぎないのなら、家畜のように働かされる自分に満足できるわけがないのです。



この賞罰を使う教育スタイルを、行動心理学で「X理論」といいます。

「人間は本来怠け者なので、アメとムチで動機付けしなければ、活動的にはならないものだ」という人間観です。


この反対の立場が、「Y理論」です。

人は本来は意欲的であり、自分の能力を発揮するのを好み、知的好奇心にかられて内蔵された動機を機能させていくものだという人間観です。


このY理論に照らして人材育成を考えると、内発的動機には未知数の可能性があり、育成者の役割は、向上心や知的好奇心を後押しする事だということになります。


具体的には、難しすぎない課題を与え、乗り越えるのを見守り、成長を共に喜ぶという事です。




もちろん、現実論として今すぐ100%賞罰否定に切り替えた方が良いとは、私自身も思っていません。


道路に飛び出してはいけないと教えたかったら、飛び出した時には叱るしかないからです。

肝心なのは、賞罰を使わなくて済むのなら一切使わないという立場に立つことです。




臨機応変に最良のサービスを生み出そうと行動するのにも、思い切ってサービス体制を見直そうと構想を立てるにも、大きなエネルギーが必要です。


やってみて、「おかしいなあ、うまくいかないなあ」くらいで簡単にくじけない大きなエネルギーがどこから来るかと言えば、「やりたい」という自発動機以外にないのです。


「ちゃんとやらないと叱られるなあ」という程度の動機では、「叱られない程度に、適当にやっておこう」となるし、「今日は怒るような人は居ないんだな、ラッキー」となるのが関の山ではないでしょうか?



サービスを本当に発展させるのは、自由な発想力や創造力で何かを生み出してやろうという意欲だけです。


ディズニーランドのキャストもそうですね。
彼女らは、誰かに与えられた動機で働くのではありません。

「夢を与える」という企業理念へのシンパシーが、自分を内部から動かしているのです。




よく、企業は「ヒト・カネ・モノ」だと言われます。
ですがこれは、製造業の価値観ですね。


サービスはヒトです。



育てる側がヒトの可能性を信じれば、育てられる側もやる気になります。

「これを任せてみよう」が、「信頼されているのだから、絶対に応えるゾ」に繋がるのです。



「放任」ではなく「承認」でどんどん伸びていく土壌が出来たら、サービス組織は安泰といえます。



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