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怖れのない世界に住む 

怒られたり嫌われたりまで行かなくても、

ちょっと注意されるだけなのにそれが怖いんです。


こういう怖がりって直るものなのでしょうか?





と、いうような質問がクライアントさんからありました。






「こういう怖がり」を直す方法・・・・ありますあります。



今日はそんな話を。




質問です。



見も知らぬ人、初めて見た人を、批判したことはありますか?



あるいは攻撃したことはありますか?






町中で初めて見た通行人をつかまえて 「あなたねえ、ちょっと◯◯すぎるんじゃないの?」って。



ありません。  よね?




じゃあ、逆は?




突然見も知らぬ人に「こらお前!いいかげんにしろ」 って怒られちゃったこと・・・・。



絶対ないとは言えないけど、まず無いでしょうね。







私たちは、人を攻撃しない限り、人から攻撃されることはありません。



人を批判しない限り、人から批判されることはありません。






怖れのない世界に住むことは、簡単なことです。




「私はどんな人も批判の目で見ない」 と、心に決めるだけです。






でも! と言う人がいるかも知れません。




私は誰も批判していません。


なのに今年入った職場で上司や先輩から一方的に批判ばかりされています。 何故でしょう?



・・・そう言いたい人もいますよね。






その答えは簡単です。



彼らの姿こそが、 怖れのある世界の住人の姿なのです。





批判すれば批判される。



批判されるのを恐れるから、人が敵に見えてくる。



敵だから批判・攻撃するけど怖れは止まず、武器を置くことが出来ない。




世の中は批判者に満ちていると思うから、武器を置けないんです。






じゃあ、彼らにどう接したらいいですか?





批判しないことです。



恐れなくていいと教えてあげることです。




もっと言えば、その人の知らないその人の良さを見つけ、教えてあげる事です。





そしたら彼らはすぐにでも批判を止めて降参するでしょう。


「参った! お前だけには敵わないよ」と。





   人生は心一つの置きどころ

                         中村天風



どんな世界に住むかは自分の心次第ですもんね。


ごもっとも、ごもっとも。



ダ ・ ヨ ・ ネーーー!!   (昔、こんな歌があったような・・・)笑




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コメント

お久しぶりです。

ながさん、お久しぶりです、ちなみです。

ながさん、私は、ながさんが太い線で打った文字の「怖れのある世界」の住人の、相手役ばかりの人生です。恐れのある世界の住人は、いつもいつも私を攻撃したりやストレス解消のはけ口として、コテンパンにやっつけたりします。その最たるものが、血のつながった姉です。私は、いじめられっ子になるために生まれたのかなぁと時々本気で思います。
私の美学として、攻撃されてもやり返さないというのがあるのですが、それがかえって相手の攻撃を助長しているのでしょうか?「あいつは弱虫だ」って言うのがばれてしまうから、やられっぱなしになってしまうのでしょうか?でも、私は、争うこと自体したくないので、やりかえさないでいると、いつもコテンパンなのです。ながさん、なにかおせ~て...。

ちなみさん

いつもコメントありがとうございます。
私の中に、お姉さんとの戦いを制する戦術はありませんし、ちなみさんに武器を授ける気もありません。
相手をしたくなければ「会いたくない」くらいの意思表示は必要だと思いますけど・・。
お姉さんとちなみさんでは、果たしてどちらが勝者なのでしょうか?
生まれるところから選べるのなら、お姉さんの役を選びたいですか?
一生妹をイビって終わるような人生を望みますか?
妹役は、「お姉ちゃんも可哀想な人だな」とつぶやいて、姉から何を言われても気にしないという選択も出来ますよね。
中村天風の言葉の「心ひとつの置きどころ」は、まさにそういうことのような気がします。

こんにちは。

ながさん、こんにちは。

私は、ながさんがくださったコメントレスおよび、自分のコメントを繰り返し読んでいたのですが、また、コメントしたくなり、遅ればせながら投稿させていただきますね。

日本国憲法の第9条(でしたっけ?)にあるように、日本は「不戦」の決意をしたのですよね(違ってたらごめんなさい)。
私も、不戦の決意を新たにしたところです。もし、闘うことがあるとしてもそれは自分自身をライバルとし、自分自身と闘おうと...。克己というやつを目指そうと...。
ほかの誰とも、不毛な争いはしたくありません。
改めて、自分は、本当のことを言えば、みじめなどではないことを、ながさんに教えていただきました。
どうもありがとう!

ちなみさん

嬉しいコメントをありがとう。
不戦の誓いというのは人類にとって一番難しい選択なのでしょうね。
「相手が仕掛けて来たから」という理由で、人類は今も戦争を続けて来ているのですからね。
でも、戦争している国より戦争してない国の方が平和で人間らしい暮らしをしているんですよね。
好戦的な人は憐れだと思います。
たいせつな人生の無駄使いに他ならないと思うから。

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